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通貨割合の推移で各国の経済力を知る

各国の経済成長率が自国の通貨量を決めます。
例えば、A国は毎年、高い経済成長率を保っているとします。
高い経済成長率によって、A国に住んでいる人の給料が上がり、所得が増えれば、通貨量を増やさなければいけません。
その結果、物価が上昇しますが、物価の上昇に対応できるだけ給料が上がれば問題ありません。
しかし、物価の上昇に対応できるだけ給料が上がらなければ、購買力が下がり、需供バランスが崩れ、経済が悪化します。
すなわち、経済成長率に見合った通貨量を調整しなければ経済に悪影響を及ぼすことになります。
そう考えると、世界の通貨割合の推移は、各国の経済力を知るための参考になります。
世界一の経済力を持つ国と言えばアメリカです。
アメリカのドルは世界の約6割を占めています。
次に多いのがユーロになりますが、ユーロの場合アメリカ一国と違いヨーロッパの多くの国で使われているので、総合的な経済力として世界二番目となります。

通貨の歴史。小判に含まれる金純度の推移

日本における金貨の歴史を見る上で、小判に含まれる金の純度の推移は参考の1つになります。
通貨として作られたのは江戸時代の頃、現代では慶長小判と呼ばれるものが最初になります。
発行されたのは1601年、関ケ原の戦いの翌年の事です。
徳川家康によって発行された小判であり、通貨の鋳造権という大きな権力を掌握した事実を世にアピールする為に発行されました。
これ以後、経済の移り変わりに合わせて9種類の小判が発行されましたが、慶長小判はその中でも特に金の含有量が高いものの1つです。
金の純度として84.6%あり、現代の18金よりも高い割合で、20金よりも若干高い純度があります。
一方、最も純度が低いのは1819年に発行された文政小判でした。
この頃は幕府の財政が特に悪化していた時代であり、財政補填をする必要です。
そこで、財政政策の切り札の1つとして小判の改鋳が行われ、金の純度も低いものになりました。
小判に含まれる金の量は、慶長小判から後の時代に移るに従って少なくなるように推移しています。
宝永・正徳・享保等、貨幣の信用を取り戻す為の政策で純度が高まる時代がありましたが、それ以降は米の増産、財政悪化への対策、海外との金銀比価対応等で、純度は最終的に56.8%にまでなりました。
これら金の純度の推移は、当時の政治・経済・外交等の状況を色濃く反映したものです。
江戸時代の貨幣史は、改鋳の背景を無くして語れません。

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最終更新日:2018/12/18